A Tribute to ELLIOTT CARTER | ||
エリオット・カーターの生涯を巡るピアノ作品 II 初期:ピアノソナタ Piano Sonata (1945-46) ネオ・クラシックスタイルを用いた初期の作品は、カーター研究家達からはどちらかというと軽 視されがちである。彼の100 歳の誕生日を祝った世界中の音楽祭が取り上げた作品も、多くが中 期以降の作品である。後に、カーターはこの時代の作品を懐かしみと共に振り返っているのであるが、その当時はやはり自分の作品に満足することができず、一刻も早くネオ・クラシックスタイルから抜け出したいという思いが強かったようである。悲惨な戦争を生き抜いてきたその時代の作曲 家達の多くは、19世紀末から 20世紀初頭の音楽の誇張感情表現が人間の心に暴力を引き起こしたと信じたのであり、同じくカーターもその反動でネオ・クラシックというコントロールされた 枠の中で曲を書こうとしたのであった。そしてその後の心境の変化についてインタビューの中で、「家具の置かれた絨毯の下をもぐっていくようなやり方で音楽を表現して行くことが、人間の持っている恐ろしい暴力に歯止めをかけることにはならない。どのような状況においても、人間の悪というものは存在するのだということに気がついた時、もっとストレートなやり方で音楽を表現しよ うじゃないかと思った」と語っていることからもわかるように、50年代の終わりにはネオ・クラシック時代を後にしたのである。しかしこのネオ・クラシック時代は、その後発展していくことになる要素の貴重な土台を築きあげた時として、カーター音楽を語る上で見逃すことができない時 代でもある。ネオ・クラシックスタイルと位置づけられるピアノソナタは、同時代のサミュエル・バーバー Samuel Barber (1910-1981) やアーロン・コープランドのネオ・クラシックスタイルのピアノ ソナタの中では見られない作曲要素が多く存在する。後にカーター作品の代表的なリズム要素となるリズミックモデュレーション rhythmic modulation の土台はこのピアノソナタの中で開拓されている。当初、バーバーとそろそろピアノソナタをお互いに書こうと話し合い、ピアノの持っている音域をフルに使った作品を書くべきではないかと意見が一致した。その後カーターは1946年に、バーバーは 1950年にそれぞれのソナタを発表した。同じネオ・クラシックスタイルで書かれたピアノの音域をフルに使いこなしている曲でありながら、カーターのピアノソナタの方が遥かに複雑な要素を用いていることは言うまでもない。バーバーのソナタでは、ある程度のリズムの複雑性、層の厚い不協和音が用いられているが、モチーフは聴きとることができる範囲に止められていて、ソナタ形式に忠実であることがわかる。 一方カーター作品では、モチーフはスピードの早い不規則なリズムパターンによって形成され、 構成としてはおぼろげながらソナタ形式の面影を追うことができるといった程度である。半音離れた2つの調の間をいったり来たりし、最終的に何処に行くかわからないというような混乱した印象を表現した。そして、この曲の中には、ピアノであるからこそ可能な、他の楽器には適応でき ないリズム、旋律の形成を多く見ることができる。不規則なリズムパターンを組み合わせることにより息の長いフレーズの流れをつくり出し、とくにスピードの速い箇所ではまるでルバートであるかのようなテンポが揺れるイメージを生み出した。ネオ・クラシック派と位置づけるにはいささか 型破りなこれらの要素は、彼の意図する息の長い「流れの音楽」を造りだしているが、それは演奏家にとっては、いかにも演奏困難である。鍵盤を上から下まで最大限に使い高度な技術を要求する ことになったこの曲は、作曲された当時、演奏家達を大変悩ませたのである。「初演は大変な災い であった」9 とは、カーター自身の評価である。この曲が彼の思うように演奏されるまでには、少々の年月が費やされる必要があったのである。 演奏家は88鍵の鍵盤の上から下まで変動的に移動し、不規則なリズムパターンを正確に弾くこ とのみにより得られるカーター特有の「流れの音楽」に近づこうと忠実に解読し身を捧げる。そしてついにその複雑性に捕らわれ、その表側にある音楽性(曲想)を見失ってしまうのである。だが我に返り気がつけばそれは意外な程明白で率直であることに心を打たれる。彼はこの作品以降、中期の代表作品であるナイトファンタジーを書くまで 35 年間ピアノソロ作品を作曲していない。なぜならこのピアノソナタを書き終えた時点で、ピアノという楽器が表現できることはすべてやり尽くしたと感じたため、また同じ様なアプローチでピアノ曲を書く気になれなかったと述べている。 | ||
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