A Tribute to ELLIOTT CARTER | ||
エリオット・カーターの生涯を巡るピアノ作品 I エリオット・カーター Elliott Carter (1908-2012) 一世紀を越え生き抜いたエリオット・カーター Elliott Carter (1908-2012) は世の中の音楽の進展・風習に惑わされることなく、常に自分と向き合い、自身の音楽言語を見据え、亡くなるまで 進展を続けたアメリカを代表する作曲家である。1908 年ニューヨークに生まれ、2012年に 103歳と11ヶ月でニューヨークにて没した。幼少時代をヨーロッパで過ごしたためヨーロッパ文化の 影響を強く受けて育ったカーターは、10代の終わりから20代前半にかけてアメリカのアヴァン ギャルド音楽の影響を受け、その後ネオ・クラシックスタイル時代を経て、1950 年代後半のポストモダニズム時代以降、カーター特有の非常に複雑な、かつ優美なスタイルを築き上げた。その時代の、ダブルコンチェルト Double Concerto(1961)やオーケストラの為の協奏曲 Concerto for Orchestra(1969)などのスケールの大きい傑作は、その時点でカーター音楽の頂点を極めたかの ように思えた。しかし彼はその後、40年以上にも渡り新しい境地を開きながら作曲を続けたのである。 カーターはアメリカ人でありながら20世紀のアメリカ音楽のどのカテゴリーにも属さず、妥協を許さず、常に前進を続けた。ミニマル音楽や実験音楽に対して批判的な態度を示したと同時に、最初の師であったチャールズ・アイヴス Charles Ives (1874-1954) の音楽についても「誇張表現」と評した。また音楽の中にアメリカの独自性を主張しようとしたアイヴス、ヘンリー・カウエル Henry Cowell (1897-1965)、アーロン・コープランド Aaron Copland (1900-1990) の観念にも賛 成せず、12 音技法、セリー技法に固執することにも抵抗を示した。しかし、その一方ではミルトン・バビット Milton Babbitt (1916-2011) のシリアル音楽への貢献を唱え、ロジャー・セッションズ Roger Sessions (1896-1985) の高潔な音楽と人間性、シュテファン・ヴォルペ Stefan Wolpe (1902-1972) の信念と厳しさ、コンロン・ナンカロウ Conlon Nancarrow (1912-1997) のピアノロー ル作品を讃えた。そして、ピエール・ブーレーズ Pierre Boulez (1925-2016) とはお互いの音楽を 認め合った交友関係にあった。彼はそれぞれの個性がお互いに影響しあい、共鳴しあい、関連性を 持って生きていく世の中を望んだ人であった。 そして、カーターは間違いなく世界で最も長い年月に渡って作曲を続けた作曲家の一人である。 彼は作品が初めて出版された 1936年から、2012年の11月に 103歳で亡くなるまで現役であったので、76年に渡り作曲を続けたことになり、それ以前の学生時代も含めると、合計 86 年以上 に渡り作品を書き続けたことになる。彼の長い作曲人生は、初期、中期、後期と 3 つの時代に分 けることができ、5 つの弦楽四重奏同様、ピアノソロ作品もこの3つの幅広い時期に渡り作曲されている。特に初期のピアノソナタ Piano Sonata (1945-46) と中期最後のナイトファンタジー Night Fantasies (1980) は各時代の大きなスケールの代表作で、それぞれが次の時代の到来を予測させる かのような、成熟味と完成度を誇る。初期とはパリの留学を終え、1936 年にアメリカに戻った直 後のネオ・クラシック時代を指す。代表作にはピアノソナタ Piano Sonata (1945-46)、チェロソナ タ Cello Sonata (1948)、弦楽四重奏第1番 String Quartet No.1 (1950)、フルート、オーボエ、チェロ、ハープシコードのためのソナタ Sonata for Flute, Oboe, Cello, and Harpsichord (1952) などがあり、 それぞれの楽器の持つ特徴を表現した時代として知られ、高度な演奏技術を要求する作品がほとん どである。中期は弦楽四重奏第 2 番 String Quartet No.2 (1959) を境に、ポストモダニズムの時代 に突入し、リズムもハーモニーも複雑化し、演奏技術点もさらに高度になった。後期は、彼の人生の最後の13年間にあたり、それまでの時代には見られないユーモア溢れる作風や、軽やかなスピードと音色が見られる。 カーターは非常に複雑で演奏困難な作品を書いたことで知られる作曲家である。その複雑さ故に、 真の音楽性にスポットがあたりにくいのであるが、そこには豊かで率直な人間の感情表現が宿って いる。彼にとって複雑なリズム、ハーモニーなどの要素を提示することが重要であるのではなく、それらの要素がどのように関連し共鳴し合いながら「流れの音楽」を創るかということが、彼がどの時代にも一貫して追求したことである。カーターは音楽の中に自分が望む多くの個性が関連し 共鳴し合う世の中を表現しようとした作曲家であった。 本稿はカーターの各時代を代表するピアノ作品を取り上げ、演奏家としての観点から各時代の音 楽的特徴を述べ、難解とされるカーター作品の解釈への手がかりとする。 | ||
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