REVIEWS & ESSAYS    


Egoistas    vol.37 12/15/20

現代音楽と私
 私が近現代の音楽に興味を持ち始めたのは、二十歳の頃である。その頃ごく普通の音大生であった私は、バッハ、ベートーヴェン、ショパン、ブラームスなど、一番新しいところでドビュッシー、ラヴェル、プロコフィエフを勉強していた。父の仕事の関係で中学1年生の時からニューヨークで過ごし、大学時代を通してニューヨークに留まったことからも、自然と色々なジャンルの音楽に触れる機会が多かったことは大変恵まれたことであった。多人種、他宗教が交わり、世界の各ジャンルの音楽家達が集まるニューヨークで、クラシック音楽の演奏会はもちろんのこと、ジャズやポップのライブなどを聴き、色々なジャンルの音楽家たちと交流を持てるような環境で若い頃過ごしたことが、私が現在近現代のピアノ音楽を専門とする音楽家になったことに大きく関係しているのだと思う。
 その学生時代、カーネギーホールでマウリツィオ・ポリーニが演奏したフランスを代表する現代の作曲家であったピエール・ブーレーズ(1925-2016)のソナタを聴いたのが、私が初めての現代音楽に触れた機会であった。前半はショパンの24の前奏曲、後半がブーレーズの2番のソナタというプログラムで、そのころ現代音楽について何も知らなかった私はショパンを聴くのが目的でチケットを買って聴きに行ったのである。しかし結果的にショパンはオードブルで、メーンディッシュにブーレーズが出てきたような圧倒的な存在感を感じたのを今でも良く覚えている。その時は初めて現代音楽に触れる一般の聴衆と同じように、複雑で演奏困難な音楽という印象を受けたのであるが、同時に確実に私の心に大きな一撃を与えたコンサートであったことは間違えない。
 その後、自身20世紀、21世紀の音楽を勉強するようになり、音楽の視野が広がったことは言うまでもないのであるが、そのことによってそれまでに学んだバロック、古典、ロマン派の音楽への理解が深まった。なぜならそれらの現代の音楽は過去のクラシック音楽の伝統の上に発展した音楽であるがゆえに、現代音楽を理解するということは、それまでに学んだクラシック音楽の伝統を異なった角度から改めて見直すことにもなったからである。過去の音楽の伝統から発展したものであり、又、ジャズ、民謡、民族音楽などから多大な影響を受けているのも現代音楽である。現代音楽を知ったことにより、私の中にそれまで感じていた音楽のジャンルの境を意識することがなくなったのである。それは広い世界で多人種他宗教が混じり合いお互いが影響を与えあい、共鳴しあい、時にはぶつかりあうような理想的な世の中、社会のような感じであろうか。正にそのような意識を人々が持ち始めた時代、社会の中から生まれた音楽が現代音楽なのである。
 演奏者としても、指導者としても、聴衆又は、音楽を勉強する若い世代にそのような観点から近現代音楽に触れ、学び、感じて欲しいと考えている。私が主宰を務める2020年に発足した福岡県八女市の近現代ピアノ音楽塾では、全国から若い世代の受講生を集め、コンサート、公開レッスン、レクチャーコンサートなどを開催し、「新しい音楽の扉を開こう」というキャッチフレーズと共に、聴衆、演奏家、作曲家と受講生が一体となり、新しいピアノ音楽を世の中に発信し、次の世代に繋いで行くことを理念とした音楽塾である。第2回は2021年の夏の開催となり、子供部門も設ける予定であることを心より楽しみにしている。

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