A Tribute to ELLIOTT CARTER



エリオット・カーターの生涯を巡るピアノ作品

IV   2つのダイヴァージョン Two Diversions (1999)
       カテナリー Caténaires (2006)


 初期と中期には35年間の間を置いて1曲ずつしかピアノソロ作品を作曲しなかったカーターは、90歳以降沢山のピアノの為の小品を作曲した。それらの小品は初期と中期には見られなかったユー モアと快活さに満ちあふれたものである。初期から中期に渡り築き上げた固有の音楽語源を土台に、また新たな世界を展開していったのである。
 それまでの厚いテクスチャー、複雑なリズムとハーモニーが織りなす音楽は、非常に透明で快活 さとユーモアが伴う、即興的なアイディアに富んだ音楽へと展開し、103歳で亡くなるまで作品を書き続けたのである。その結果、演奏家にとってそれまでのような技術面での極端な負担は減ったのであるが、この新しい時代を単にそれまでの時代の簡易化という枠のなかに押しとどめることはできない。中期の複雑な時代には1曲の為に無数のスケッチ書き貯めていた彼は、この時期「頭に浮かんだことをそのまま楽譜に書き移した」と語っている。そしてここでも、「流れの音楽」 は彼の音楽語源の更に太い軸となり、ピアノだからこそ可能な広い音域に渡る長いフレーズを歌い続けたのである。
 2つのダイヴァージョン Two Diversions (1999) は2つの異なる音楽的要素を同時進行させている曲である。1曲目では、均一の速さを保つ音程の離れた2の音からなるフレーズと、様々な速さとキャラクターを用いた変容的なフレーズが交差する。2曲目では、テンポが徐々に遅くなるフレーズと、徐々に速くなるフレーズが交差する。このようなチャーミングなアイディアを用いて、2つの要素を巧みに交差させ、そして融合させ、リズミックモデュレーションにより息の長い「流れの 音楽」を展開させていくさまは正に新しい時代の堂々たる存在を裏付ける。 カテナリー Caténaires (2006)16は98歳の時に作曲した作品である。「私は和音の無い速い直線 のアイディアに取り憑かれた。それは様々なアクセント、色彩、間を用いた音のチェーンのような繋がりとなり、幅広い表現を生み出したのである」と自身語るように、和音を用いずこれだけの パワーと色彩を生み出せたことに驚くばかりである。
ピアノという楽器だからこそ可能な広い音域に渡る息の長い「流れの音楽」はここでさらに進化 する。文学の世界と繋がりの深かったカーターは彼の音楽の基礎語源であった息の長い「流れの音 楽」を文章、言葉の絢に例えている。2つ目の言葉は1つ目の言葉を拡張し、あるいは制限し、3つ目、4つ目の言葉はその前の言葉に新しい光を与え、次に選択される言葉を想像させるという様が、彼が一生涯音楽の中に見いだそうとしたことである。
 このように、初期のオーガナイズされた複雑性が生み出す息の長い「流れの音楽」から、中期の 内面から湧き出る様な激しさを伴う不規則な複雑性を伴うに息の長い「流れの音楽」を経て、90歳以降の後期にあたる最後の 13年間、彼の音楽は、新たな境地へと入って行ったのである。
 


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